なっちゃんのブログ

livedoor Blog のこととか、インドカレーのこととか。

2013年03月

ブログネタ
3.11 東日本大震災について話そう に参加中!
東日本大震災から2年。
当時のブログを読み返しても、具体的な描写を避けていて、自分に起きた細かい状況を記してはいませんでした。
今、忘れたくない記憶と感情を残してみます。
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あのとき私は西新宿の25Fにいて、あまりに大きな揺れで同僚たちが一斉にざわつきました。長い長い大きな揺れが終わったと思ったら、余震が何度もきました。窓から見える西新宿のビル群がぐにゃんぐにゃん曲がっていて、隣同士でぶつかるのではないかと思いました。
安全のためと、酔って気持ちが悪いため、私は何度も机の下にもぐって床に座って休みました。

まず状況を確認したのはTwitterで、それから2chまとめブログで写真や動画を見て、ひどい災害が起きていると知りました。
でもそのときはまだ本当の実感は湧いていなくて、津波が起こったからといってあんなに多くの人命が失われるなんて想像もしていませんでした。

遠くで大きな炎が上がったとき(千葉の石油コンビナート爆発でした)、窓へ駆け寄って撮影する同僚を下品だなと思いましたが、そうではなかったかもしれません。今回の震災ではたくさんの方々が動画や写真を公開し、私たちに多くの真実を伝えてくれたと感じています。

会社で帰宅指示が出て、私もキリが良いところまで仕事をしてから17時半頃に出ました。
@livedoorblogのTwitterで帰りの挨拶とみなさんも余震に気をつけてください、といった内容をツイートしたら、フォロワーさんから「交通機関が麻痺しているから気をつけて」「道路でも屋根や看板が落ちてきたりするので注意するように」など、多くのリプライを頂きました。混乱した状況で他人を心配してくださる方がこんなにいるなんてと、人の温かさを感じました。

オフィスビルのエレベーターはずっと止まっていたので、25Fから1Fまで非常階段で降りたのですが、階段や踊り場にはパラパラと剥がれ落ちた壁の塗装が散乱していました。降りるのは一苦労でしたが、同僚たちと一緒だったので心強かったです。

私の家までは歩いて30分ほどの距離だったので無事に帰ることができましたが、あの日は首都圏の多くの人が帰宅難民になっていました。
大崎で働いている友人が横浜市の実家に帰るのが無理なため私の家に泊まりに来たのですが、夕方頃出発して4時間半歩き、夜遅くに地下鉄が再開してからうちに到着しました。ヒールの靴で、本当に疲れたと思います。
一方で私の上司の判断はかなり早く、地震が起こってすぐにドンキホーテに自転車を買いに行き、埼玉の家まで走って帰っていました。家族を守る父、夫は強いですね。

私もなかなか繋がらない携帯で、家族の無事と家に帰れることを確認できてホッとしました。

家に帰ってテレビをつけ、どこも地震と津波のニュースしかやっていなくて、気仙沼の火の海を見て、いよいよ本当に実感が湧きました。死者の数がどんどん上がっていくことに恐怖を覚えました。
友人と「信じられないね、やばいね…」を繰り返していました。

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翌日は土曜日です。
ニュースを見ると状況はますます悪化していて、こんなときに何をするのが正解か分からないまま、友人と新宿まで出てインド料理屋でランチをしました。あちこちに閉まっているお店がありましたが、そこはいつも通り営業していて、友人とおいしいカレーを食べて「ここにいると地震があったなんて信じられないよね」と話しました。

それから友人と別れて、心細く家で過ごしました。

地震の翌日カレー屋に行ったことは少し後ろめたく、公には言えませんでした。
あの後ネットで「不謹慎」と「恐怖を煽り過ぎ」という言葉が多く見られました。冗談や軽卒なことを言ったら不謹慎、過剰な警戒の呼びかけなどは恐怖を煽り過ぎ、です。
私も自分自身、そして他の人の言葉にもかなり敏感になっていたと思います。

出社制限があって自宅勤務が増えました。原発の事故はこれまでに感じたことのない恐怖でした。節電するため寒かったり、暗かったりしました。買い物に行ってもヨーグルトや納豆がなくて、自動販売機でも水はどこも売り切れでした。
東京にいても余震や放射能にビクビクしていましたが、ニュースで被災地の状況を見れば自分の非日常など何でも耐えられました。

2ヶ月後、5月に宮城県の石巻にボランティアに行きました。
何か伝えなくてはと思い、ブログにも書いています。
石巻にボランティアに行ってきました
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それから今日までに6回、石巻に行っています。だんだんボランティアの役割は減っているように感じるのですが、この2年の節目で放送されるテレビの特集などを見ると復興は全然進んでいないという現状が映し出されていました。多くは国、行政としての課題が訴えられているようですが。

今週末に、去年お手伝いした狐崎漁村のお祭りに参加します。また声をかけて頂いたこと、とても嬉しいです。
自分にできることって、まだあるのかなと度々思うのですが、きっとありますよね。
時間が経つにつれ少しずつ薄れる意識をまた戻して、これからも関わっていきたいと思います。
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いつも陽気に飲んだくれていたライブドアの元上司(直属ではないけど偉い人なので上司)が恵比寿にバーを開いたそうで、同僚たちのあいだで話題になってました。

そんなわけで、私も昨日同僚と飲みに行きました。
同僚と言っても、転職した3人と、まだ働いている2人。あれっ、現役が負けてる。
それぞれの想いあり、転職や起業する人が多い会社だと感じていますが、離れていても仲良しなのは嬉しいです。

2013年03月07日

バー

Dining&Cafe Bar Carano 恵比寿にタッチ!(22:05)


社内で話題のバーに来た。からの~!



「Carano」=「からの~」で、Kさんがよく言っていた言葉。というか座右の銘?
自分でお店を出すって、自由ですね。

元上司のKさんはお店のオーナーで、毎日のように出勤している(お店で飲んでいる)そうで、昨日もいました。
ボケて(bokete)のお題になりそうな表情。
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変なので撮り直させてもらいましたが、あまり表情は変わりませんでした。
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さて、バーだと聞いていたお店ですが、料理メニューがたくさんあって、がっつり食べて飲める素敵なお店でした1件目にも2件目にも使えますね!

山盛りフレンチフライ。
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アボカドとカダイフのフリット。
このふさふさがカイダフという名前だということ、初めて知りました。
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海老のアヒージョ。アヒージョ大好きです。
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山芋のオムレツ。ふわふわでおいしい~。
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豆腐のグラタン。グラタンだけどヘルシーです、たぶん。
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みんなでワインも飲みました。ボトルで4~5000円くらい。
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〆にごはんもの…と探していたら「MAMAの特製カレー」なるメニューが。
ひき肉と濃いルーが上品で、ホテルのカレーみたい(イメージ)でおいしかった!
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飲んでいたら、同僚・元同僚の人たちが各々にたくさん来て、同窓会みたいでした。
Kさん愛されてますね。
ふかふかのソファで家飲みみたいにリラックスできたし、気取らずワイワイできる雰囲気がよかったまたみんなで行きたいなぁ。

綺麗な写真やメニューはぐるなびさんの方で!
Dining&Cafe Bar Carano 恵比寿
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こんにちは、なっちゃんです。

週末は女友達5人でランチをして、お茶をして、ずーっと喋りっぱなしでした。
よく「女性はオチのない話を延々と続ける」と男性に呆れられますが、私たちはお腹痛いくらい笑ってるのになぁと、少し悔しく思います。取り留めのない話も楽しめちゃうのですよね、きっと。

でも男性の前では無駄話を減らすよう努力している…つもりです。
会話ってキャッチボールですからね(´∀`;)

ところでガールズトークの年齢を過ぎたら井戸端会議なのでしょうか?まだ心の準備ができていません。

以上、特にオチのない話でした。
ちゃんちゃん。

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